『FLOURISH』と書かれた巻物




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落葉焼

そういえば先日、さつまいものケーキをたべた。
さつまいもであったかはどうか確信はないけれど。
少なくとも味はさつまいものそれであった。
スイートポテトのような。
秋を感じる味であった。

傘に罪はない

もう梅雨があけたそうだから、雨が降ることはすくなくなってしまった。
少し前までは、雨が降ることがおおかったから、当然傘を見ることもおおかった。
人の傘を見ることが多かった。
そして、人の傘の持ち方を見るたびに僕はイラつくのである。

傘には二つの状態がある。
開傘状態と閉傘状態の二つ。
開いている状態では皆似たような持ち方をする。
先端を上に向けて持つ。どこを持とうと先端は上を向く。
問題は、閉じている時だ。
どのように持っているだろうか。
ここ数日の観察の結果をここに記したいと思う。

先ず、持つ場所で分けたいと思う。
どの傘も持ち手のフォルムは同じだ。
まっすぐの部分と、曲がっている部分。
どの傘も同じだから、分け方としてはまぁ自然だと思う。
持ち方は3種に分けられる。
1つ、曲がっている部分
2つ、曲がっている部分とまっすぐの部分の境界
3つ、まっすぐの部分

想像してみて欲しい。
それぞれの場合で、傘を持った場合。
先端はどこを向くか。
そして。
腕を振ったらどうなるか。
腕を、振ったら、どうなるか。


くっそあたってんだよお前の傘の先端があたってんだよ。
おまえのその濡れた傘が俺の膝を攻撃してるんだよ。
なにスマホみてんだよおい。コッチヲミロッ。
こっちはおまえの傘がひざにあたってぬれてんだよっくそっ。
まっすぐのところ持ったらそうなるのは自明だろうが。
ふざけてんのかこのスマホ野朗。
……………………
…………
……


本当に梅雨明けてよかった。
傘に罪はない。

重言ペットボトル

あー、今手元に紙パックの飲み物がある。
たっぷり1L入っている。
表記上はは1000mL
1Lと書かれるより、1000mLの方が文字数が多い分お得に見える。
そんなことはどうでもよくて、問題はラベルの方だ。
1Lの紙パックと聞くと想像するのはまず、牛乳だろう。
コンビニであれ、スーパーであれ、紙パックの飲み物といえば牛乳だ。
紙パックの飲み物売り場に、牛乳はないけど麦茶はある、なんて光景はめったにない。

と、ここまで引っ張っておいてなんだけれど、今手元の紙パックの中身は牛乳ではない。
中に詰まっているのはオレンジジュースだ。
商品名を、おいしいオレンジ・みかん、という。
ちょっと待ってくれ。
おいしいオレンジ・みかん?
コレはどういう意味なんだ?
おいしいオレンジ、またの名をおいしいみかん?
おいしいオレンジ&おいしいみかん?
こんな表記はアリなのか?
実に頭が痛くなる
少なくとも、いたいヘッド・あたま、はおかしい
とりあえずオレンジとみかん、は別物なのか?
実は別物なのか?
たぬきとむじな、は別物なのか?
そもそもむじなって存在するの?
吉祥寺に吉祥寺という寺は無いのか?
国分寺にはあるのか?
ザリガニはカニなの?エビなの?ザリなの?
クモは昆虫なのか?足8本なのに?もしかしてタコの仲間?
タコはゆでると赤くなるだけで元々の色は違うの?
イカって本当に足が10本なの?
一週間前の夜ご飯が思い出せないのは実は食べてないからなの?

あぁ、興奮したらのどが乾いてきた。
たしか、冷蔵庫に麦茶が冷やしてあったはずだ。

ゴールから迷路を解く

大抵の議論の中身は次の命題Pとしてあらわせる。

P:命題Qは真か偽か。

そして、得られる結論は2通りある。

1:命題Qは真
2:命題Qは偽

それなので、議論者には二つの立場がある。
上の表(箇条書)で言えば、立場1と立場2だ。

命題Qを真とする立場の者をA、偽とする立場の者をBとすると、
A、Bはそれぞれ自分の主張を通すことを目指す。
というか、おのおのの(信じる)論理の結論によって立場が決定されている。

さて、議論において論理は一つでは十分ではない。
一つだけでは自分の立場を決定するのがせいぜいで、議論をすることは出来ない。
なぜならば、もう一方の論理と対立しないから、すなわち、互いに軸のずれたものである可能性が多いにあるからだ。
だから、たくさんの論理を用意して、軸のあったもの同士をぶつける必要がある。

問題はここだ。
二つめ以降の論理はどうやって得るのだろう。
簡単な方法がある。
それは、結論から考えることだ。
そうすれば、違う結論を得ることは絶対に無い。
そして、議論に必要なだけの論理を得ることが出来る。
慎重に考えれば、道筋に間違いが出ることはない。
一つの論理としてみれば強固な物が出来上がる。

さて。
前述の通り、議論にはやはり沢山の論理が必要となる。
一つ一つ、0から考えるのはやはり無理がある。効率がわるい。もっと言えば、議論が成立しない可能性さえある。
結論から考えることは必要になる。

迷路をゴールから解かないと議論は成立しないのです。

いつの間にか二千十四年は十二分の一が経過している。

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まとめ

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